ゴトウユキコ『36度』(講談社)と音楽
ゴトウユキコの初短編集『36度』について、以前一度感想を書いたことがありました。
その感想を書いた時には触れませんでしたが、収録されているほとんどの作品において、コマの隅の方に気になる言葉がいくつも書き込まれています。それらについて調べてみると、けっこう色々な音楽からの引用があることが分かりました。
このエントリでは「『36度』と音楽」と題して、細かな書き込みの引用元を(私が調べられた限りで)説き明かしてみたいと思います。読者の胸に突き刺さる短編集なので、いろんな人が興味関心を持つきっかけになればと思います。
※ちなみに『夫のちんぽが入らない』についても同趣旨のエントリを以前書きました。
******
1、「いおりとちはる」(初出2017年)より
左右
作中に登場するバンド「上下」は左右というバンドをもじったものと思われます。主人公が交際している男性の苗字が「左右田」であり、ライブハウスに行く場面にも「Sa-yu」と書かれたポスターがあるので間違いないでしょう。しかし、「上下」のライブ場面で描かれるバンドメンバーのビジュアルはNUMBER GIRLそのものなのがまた面白いです。
名前は「左右」のもじりだけど、ビジュアルは思い切りNUMBER GIRLなのが笑えます。虚実織り交ぜた物語作り。
ユニコーン「君たちは天使」(20ページ2コマ目)
ライブハウスの廊下が描かれている場面にて、「清らかな男女交際」と書かれたポスターが貼られています。これは、ユニコーン「君たちは天使」の歌詞の一節だと思われます。『36度』に収録されたほかの短篇にもユニコーンの引用が見られるので、おそらくこれのことで間違いないと思います。
LEO今井「Taxi」および「TokyoLights2(東京電燈二)」(同上)
同じくライブハウスの廊下の場面。ロッカーの上の壁面に「TAXI」と「東京電」「其二」と書かれています。「燈」の字は判読しづらいのですが、火へんはギリギリ分かる感じ。試行錯誤して検索したらLEO今井がヒットしました。いずれも彼の曲のタイトルなので、引用元はこちらで間違いないと思います。
毛玉(20ページ5コマ目)
ライブハウスの場面で、「毛玉」と書かれたポスターが貼られています。ゴトウさんが毛玉のアルバムにコメントを寄せたりしているようなので、このバンドのことだと思われます。
毛玉 - まちのあかり feat. その他の短編ズ / Kedama - City Lights feat. Sonotanotanpenz
馬喰町バンド(同上)
同じ場面にて、「馬喰」「町」「ンド」と書かれたポスターが見切れています。他に同様の名称のバンドはいないので、このバンドだと思われます。
馬喰町バンド「いってみよう」MV(2017.4.5リリース 6thアルバム「メテオ」より)
コールスロー(同上)
またまた同じ場面にて、「callthrow」と書かれたポスターがあります。検索したら以下のバンドがヒットしました。
ナイロン100℃(同上)
さらにさらに、同じ場面に「NYLON 100℃」と書かれたポスターも。こちらは同名の劇団のことで間違いないでしょう。
2、「なれた手つきでちゃんづけで」(初出2018年)より
いとうせいこう&Tinnie Punx「なれた手つきでちゃんづけで」
印象的なタイトルの短篇ですが、同名の曲がすぐに見つかりました。以下のアルバムから。後述しますが、同じアルバムからの引用は他の短篇にも見られます。
Seiko Ito & Tinnie Punx - Kensetsu-teki - 1986 [Full Album]
3、「すてきな休日」(初出2017年)より
この作品に関しては、何一つ発見できませんでした……。
4、「おかしな二人」(初出2015年)より
この短篇のタイトルはユニコーンの同名の曲から取ったものと思われます。
岡村靖幸の様々な曲たち(登場人物名および141ページ1コマ目)
登場人物の「ヤスユキ」と「ユカ」。岡村靖幸「いじわる」の歌詞に「ユカ」という女の子が出てくるので、そこから名前を取ったものと思われます。そのあとの、飲み屋街を二人が歩く場面にも、岡村靖幸の曲名が書かれた看板が複数並んでおり(「Super Girl」「あの娘ぼくがロングシュート決めたらどんな顔するだろう」)、岡村靖幸の楽曲でこの作品が彩られていることが分かります。
岡村靖幸「あの娘ぼくがロングシュート決めたらどんな顔するだろう」
いとうせいこう&TINNY PUNX「東京ブロンクス」同上)
同じく飲み屋街の看板が多く並んでいる風景が描かれたコマにて。「建設的」「東京ブロンクス」と書かれた看板があります。検索してみたところ、いとうせいこう & Tinnie Punxとしてリリースされたアルバム「建設的」に、「東京ブロンクス」という曲が収録されていました。短篇「なれた手つきでちゃんづけで」が発表される数年前の作品に、すでに引用していたのですね。
いとうせいこう _ TINNIE PUNX - 東京ブロンクス.
5、「犬、走る」(初出2018年)より
ミドリ「犬、走る」
こちらも印象的なタイトルですが、ミドリの曲からの引用だと思われます。
- アーティスト: ミドリ,後藤まりこ
- 出版社/メーカー: ソニー・ミュージックアソシエイテッドレコーズ
- 発売日: 2007/11/21
- メディア: CD
- 購入: 3人 クリック: 32回
- この商品を含むブログ (70件) を見る
6、「36度」(初出2017年)より
主人公の「ミヤヂ」と、彼女が恋をする相手「富」は、エレファントカシマシのお二人からの引用だと思われます。彼らの愛称と完全に一致。
SuiseiNoboAz「GAKIAMI」(197ページ1コマ目)
ミヤヂと富が打ち合わせのために訪れた喫茶店の名前が「GAKIAMI」。同名の曲がすぐにヒットしました。
LET IT DIE (OST) SuiseiNoboAz - Gakiami
******
以上、私が気付いた範囲でのまとめでした。
たくさんの音楽が、特にロックバンドを中心に引用されていることが分かりました。再結成したばかりのナンバーガールが引用されているのが熱い。
作中では語られない部分を補完するかのように、物語内容に寄り添った音楽が引用されているように感じました。特に「おかしな二人」のような作品は、ほぼナレーションベースで進行する作品なので、引用されている音楽を聴きながら読んでみたり/聴いた後に読んでみたりすると解釈の仕方に奥行きが生まれるかもしれません。
ドラマチックに原作を圧縮! 『劇場版 幼女戦記』(監督:上村泰/原作:カルロ・ゼン)感想
『劇場版 幼女戦記』を観てきました。今回の劇場版は基本的には原作の流れに従いつつも、キャラクター同士の邂逅のタイミング等が微妙に改変されていました。最大の強敵となるメアリー・スーの登場を早めて、劇場版の尺の中で最大限ドラマチックな見せ場を作ることができるように上手に構成されています。
連邦の首都強襲や、サラマンダー戦闘団の結成といった重要なチェックポイントは忠実に押さえられていて、今後テレビシリーズの続きが作られたとしても矛盾が生じないようになっています。また、エンターテイメントとしての快楽を確保しながら、始まってしまった戦争を終わらせることの難しさについて鋭く切り込む場面もあって、「映画を観たぞ!」という満足感の得られる作品だったと思います。娯楽性と批評性の絶妙なバランス。
映像的には、戦闘シーンの迫力が素晴らしかった。音響も良かった。迫力だけでなく、虚しさや悲しさみたいなものも感じさせてくれます。食事の場面もとても良くて、ご飯がちゃんと美味しそうに描かれていました。モスコー強襲シーンの街並みも丁寧に描かれていて良かった。あの国の首都をモデルとしている割には、道路がちょっと狭すぎるような気もしたけど、20世紀はああだったのかもしれません。あとは何といっても、主人公のターニャの悪魔的笑顔。悠木碧さんの演技も相まって大迫力でした。
あらゆる要素において、たいへん楽しめる一本でした。原作の続きも楽しみです。アニメの続きもあるのでしょうか・・・。アニメの続きが制作された暁には、泥まみれの東部戦線や、景気が悪化していく帝国首都の描写も楽しみにしたいと思います。