『夫のちんぽが入らない』(原作こだま/画ゴトウユキコ)③と引用
コミック版『夫のちんぽが入らない』の第3巻が発売されました。この巻には第3章「極夜」が収録されています。主人公が出会い系の沼に沈んでいく過程や、うつ状態が深刻化して教員の仕事を辞めるまでの日々が描かれています。
全体的に暗いムードが漂う章なのですが、比喩を交えた絵の工夫が満載で、読者を楽しませる仕掛けに引き込まれます。中でも、個性的なおじさんたちの造形がたいへん強烈です。オール怪獣大進撃です。そして、おじさんたちのビジュアルの強烈さ・物語のしんどさのおかげで、主人公の夫である慎の美しさが際立っているのも素敵。
漫画にしかできない見事な芸当の数々にお目にかかることができます。
そして、1巻や2巻もそうだったのですが、この巻にも様々な音楽作品や漫画などの引用が見られます。『夫のちんぽが入らない』3巻に見られる引用を、私が気付くことのできた範囲で説き明かしていきたいと思います。そして、まだこの作品を読んでいないどなたかが、少しでも興味を持ってくださるきっかけになれば嬉しいです。
こだまさん(@eshi_ko)原作「夫のちんぽが入らない」第3巻。本日発売日です。 pic.twitter.com/2ePX9nEeZU
— ゴトウユキコ (@gotouyukiko) September 6, 2019
『夫のちんぽが入らない』第3巻、本日発売。学級崩壊で追い詰められたさち子はやがて死を意識し、出会い系に逃避します。坂口安吾先生の堕落論じゃないけれど「堕ちる道を堕ちきることによって、自分自身を発見し、救わなければならない。」
— オジマノリユキ【漫画編集者】 (@ojimanoriyuki) 2019年9月6日
彼女の再生はここから始まります。#こだま#ゴトウユキコ pic.twitter.com/JMHK0yTVv2
尾崎豊「15の夜」、65~68ページ
さち子と慎が車に乗って帰宅する場面。車内でかけているラジオから流れ出します。笑っていいのか、しみじみ感動すればいいのか、受け止め方が分からなくなっちゃう場面です。この眩惑をもっと多くの人に味わっていただきたい気持ちです。
12939db(※吉田一郎氏によるバンド)、154ページ3コマ目
小学校の、さち子のクラスにて。教室後方のお習字の横にある張り紙に書かれた、「12939db」という謎の文字。調べてみたら、吉田一郎氏のバンドの名前でした。吉田一郎氏は、向井秀徳率いるZAZEN BOYZのベーシストを務めていた方です。ちなみに、ゴトウユキコ氏の短編集『36度』には、向井秀徳と田渕ひさ子さんと思われるキャラクターがモブとして登場していました。
で、この12939dbの曲がとっても良い!! 下記動画の1曲目、「夜明けを待つことがよくあった」という歌い出しは、原作の第3章「極夜」を描き切り、最終章「朝暉」へ向かおうとしているコミック版ちんぽの内容とシンクロしていて、聴いていると涙がにじんでくるほどに沁みます。
松本剛「ハッカのびろおど」「教科書のタイムマシン」「ヒューストンと女の子」(いずれも短編集『すみれの花咲く頃』(講談社)所収)、154ページ3コマ目
同じく教室後方の壁に貼られているお習字に注目すると、「びろおど」「タイムマシン」「ヒューストン」と書かれています。これらはそれぞれ、松本剛氏の作品タイトルからの引用だと思われます。「ハッカのびろおど」「教科書のタイムマシン」「ヒューストンと女の子」。いずれも『すみれの花咲く頃』という短編集に収められています。
中でも、「ヒューストンと女の子」は、松本氏が第21回ちばてつや賞でヤング部門大賞を受賞した作品です。ゴトウユキコ氏自身も第60回ちばてつや賞ヤング部門大賞を受賞してデビューした人なので、なんだか感慨深いものがあります。日本漫画史の奥行きの深さよ……。
シー太郎(「おやすみホログラム」の八月ちゃんが大切にしているぬいぐるみ)、161ページ2コマ目
教室の場面。一人の女子の机の上に、亀のぬいぐるみが置かれています。このぬいぐるみには三つ編みが付いていて、普通の亀ではありません。これは、おやすみホログラムという音楽ユニットのメンバーの一人、八月ちゃんが大事にしているぬいぐるみで間違いないでしょう。ゴトウ氏は後に、おやホロのTシャツのデザインも手掛けていました。
Tシャツみんな似ててかわいい pic.twitter.com/WAywYN3qFw
— 和田輪 (@Rin_Wada) August 10, 2019
おやすみホログラムさんをかきました。 pic.twitter.com/mlvzxEIm7D
— ゴトウユキコ (@gotouyukiko) August 9, 2019
そして漫画家のゴトウユキコ先生に描き下ろしてもらったおやホロTを着てくれてるコショちゃんと、優しく抱(いだ)かれしシー太郎のショット🐢🌻#ハチスタグラム #シー太郎 https://t.co/JmkJRRtVdf
— 🐢八月ちゃん🐢 (@8gatsu_chan) August 11, 2019
【MV】おやすみホログラム「slow dancer」 (監督:川口潤)
【LIVE】おやすみホログラム「note」(2019.8.10 渋谷WWWX)
new order、164ページ1コマ目
さち子が生徒たちに、教員をやめることを宣言する場面。さち子の元に生徒たちが駆け寄るシーンで、生徒のうちの一人が着ているトレーナーに「new order」の文字がプリントされています。
new orderは、前身バンドであるジョイ・ディヴィジョンのボーカルのイアン・カーティスが自死を遂げたのちに、残されたメンバーで活動を開始したバンドです。
教員としての「死」を迎え、次のステージに進もうとしている(「進んでいる」のか「退いている」のかもわからない苦境なのですが……)さち子の境遇は、引用されているバンドの出自と何となく重なる気がします。さち子自身は死を選ばなかったけれど、彼女の中にある何かは、今潮小学校に赴任してからの教員生活の中でずっと殺がれ続けてきていたのではないか。そんなことを考えさせられました。
以上、『夫のちんぽが入らない』3巻から見つけられた引用でした。
漫画を隅々まで読むのって面白い。
『夫のちんぽが入らない』第3巻は発売されたばかり。私がこだま先生の原作私小説を初めて読んだ際、真っ先にゴトウユキコ先生の絵で思い浮かべたのが今巻に収録された男達との刹那的関係の場面でした。まさにゴトウ先生の本領発揮というか、原作と漫画の良い化学反応が爆発している巻だと思います。 pic.twitter.com/T8NzCrh7A3
— オジマノリユキ【漫画編集者】 (@ojimanoriyuki) 2019年9月11日
↓先日、仏訳版が出るという情報も見かけました。すごい!
コミック「夫のちんぽが入らない」仏訳版も発行予定。タイトルは時間をかけて思案した模様。原題よりソフトな印象、というか原題のインパクトが大きい😂 https://t.co/3Ue8NA3IWm
— タコシェ TACO ché (@tacoche) 2019年9月12日