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無限大のやさしさと、静かな怒り 姫乃たま『職業としての地下アイドル』(朝日新書)

  姫乃たまさんの『職業としての地下アイドル』(朝日新書)を読みました。この本は、地下アイドルの女の子たちとそのファンの人たちへのアンケートを基にして書かれた本です。そして、そのアンケートから地下アイドルの世界とそこに身を置く人々の実態に迫っていく本になっています。非常に面白い点は、一般の若者を対象に行われたアンケート結果との比較を行っている点です。地下アイドルの世界は、特殊なものとみなされがちで、時に悪意のある好奇の視線にさえ晒されることがあります。姫乃さんの試みは、地下アイドルの世界を特殊性の中に押し込めようとする意地悪な視点を相対化することにもつながるという点で、素晴らしいアイデアだと思いました。同時に、2016年のシンガーソングライター刺傷事件のことが頭に浮かびました。あの時、様々なメディアからの取材を受けて立った彼女が、いかに悔しく悲しく辛い思いをしたのかということに、改めて思いを馳せざるを得ませんでした。)  

職業としての地下アイドル (朝日新書)

職業としての地下アイドル (朝日新書)

 

 

 姫乃さんは前書きで次のように述べています。

 

地下アイドルの世界に足を踏み入れた若者と、そうはならなかった一般の若者との間に存在する差異—あるいは共通項—から、地下アイドルのような独特なサブカルチャーを生み出した、現在の若者たちの実相が見えてくるかもしれないと考えて、この本を書きました。(P8)

 

現在の地下アイドルの世界とそこに生きる人たちを考察することで、現代の若者の世界や、文化を知るのがこの本の目的です。これは、ある事情から、私自身がいままでずっと向き合えずにいたことなのです。(P10)

 

 二つ目の引用では、姫乃さんの実存にかかわる部分も執筆の動機であることが述べられています。実際、アンケートの分析に入る前の「プロローグ」で記されているのは、姫乃さんの過去の実体験です。姫乃さんが中学生時代に受けた悪質ないじめと、高校入学後に自分を少しずつ取り戻していく過程、そして地下アイドルの世界に足を踏み入れてから一度壊れてしまうまでのお話です。いじめられた体験についてはこれまでも読んだことはありましたが、全身が爛れる症状が現れてしまったというエピソードは知らなかったので、たいへん衝撃を受けました。そして、本書を最後まで読み終えた時には、このプロローグで語られていることは「過去のすでに終わった」体験などでは決してなく、今もなお姫乃さんの考え方や活動スタンスに影響を与えている「現在進行形の/まだ終わっていない」話であるのだと思い直しました。

 第一章「地下アイドルとは何か」では、アイドル史の概略が説明されています。ここで『幻の近代アイドル史』が引用されているのですが、このあたりの目くばせはさすが。地下アイドルの隆盛にはスマホとSNSの普及が大きく関係しているのではないかという見立てにはたいへんうなずかされました。

 

 

 第二章「地下アイドルの生態」からアンケート結果の分析が始まります。地下アイドルの年齢層、地下アイドルのファンの年齢層などの基礎的なデータから始まり、ファンの月収や職業についても調査しています。地下アイドルのスクールカーストはどのようなものであったかという調査では、彼女たちがどのあたりに帰属していたかという意識が、一般の若者と大差ないものであることが解き明かされています。

 第三章「彼女たちはなぜアイドルのようなものになりたがるのか」では、「自任している本業」「SNS利用上気を付けていること」「ファンの自己肯定感」などの分析がはじめに展開されていきます。そしてこの章の後半では、地下アイドルを対象とした「親に愛されていると感じているか」「いじめに遭ったことはあるか」「学校生活に満足している/していたか」という質問に対する回答が分析されていくのですが、これが非常に興味深いものでした。そこでは、地下アイドルの女の子たちが一般の若者と比べて、「親に愛されている」と感じている割合が高く出ていることが示され、なおかつ、「いじめられたことがある」と回答している割合も一般の若者と比べてかなり高いことが示されています。さらに、学校生活への不満度も一般の若者よりもだいぶ高い数値を示していました。姫乃さんはこれらの結果をもとにある仮説を立てるのですが、そちらも非常に説得力がありました。まだ読んでいない人は是非本書を手に取って、ご自身の目で確かめていただければと思います。

 第四章「地下アイドルたちの精神と生活」では「『悲しいと感じたこと』『ゆううつだと感じたこと』があったか」という質問への回答を一般の若者の回答と比較するところから分析が始まります。アイドルの「病み」は、アイドルの世界だけの局所的な事例として捉えられる向きもありますが、ここで明らかになったのは、地下アイドルも一般の若者と何ら変わらない程度に悩んだり悩まなかったりしているという結果でした。仕事への不安や将来への不安についても、おしなべて一般の若者と変わらない結果が出ていることは注目に値すると思いました。その後も様々な質問に対する回答を分析しながら、地下アイドルの女の子たちのモチベーションや悩みが掘り下げられていきます。ファンのことをどう思っているかという質問では、地下アイドルとファンの間に築かれているある種の信頼関係のようなものがうかがえます。

 巻末の「エピローグのようなもの」では、地下アイドルをいったん休んだ後の顛末が書かれています。こちらも素晴らしい内容でした。

 本書を読んで一番感じたことは、地下アイドルの世界に対して著者が抱いている深い愛情と優しい眼差しです。地下アイドルの世界で不安や悩みを抱えながら奮闘している女の子たちへの励ましのメッセージが幾重にも込められています。さらには、地下アイドルの世界に限らず、生きづらさや居場所のなさを抱えている人への励ましも、エピローグにはっきりと記されています。もちろん、地下アイドルを応援しているオタクたちへの深い愛情と感謝とリスペクトも。他方で、心無いいじめにたいする静かな怒りや、心に傷を抱えたまま先々まで生きていかねばならなかったことへの切なさも伝わってきたような気がしました。

 願わくは、地下アイドルを意地悪く報道しようとしてきたすべての人たちに届かんことを。もっと言えば、自分にとって理解不能な事件が起きた時に、分かりやすい悪の根源をでっち上げようとする人々や、思考停止してそれを受け入れてしまうすべての人々にも本書が届かんことを。

 

 ちなみに、ニュースサイトに書評が出ているのですが、第二章以降の内容について次のように述べられていました。

(アイドルファンではない)一般の人の回答と比較しているため、地下アイドル界がいかに特殊なものであるのかどうかを探るための明確な指標となっている。

www.excite.co.jp これには少し違和感を覚えました。というのも、姫乃さんは一般の若者との共通項に注目したうえで、「彼女たちはいたって普通の若者たちです」と繰り返し訴え、地下アイドルを「現代の若者の姿を鮮明に映し出す鏡」だと考えているからです(P82)。地下アイドルの世界と、そこに身を置く人たちを「特殊」なものとしか見なさない眼差しこそを、姫乃さんは撃とうとしたのではなかったかと。もちろん、業界内での暗黙のルールや文化など、アイドル「界」の特殊さについてはそれなりの紙幅を割いて説明されているので、的外れというわけではないのですが、、、。

 

東洋経済オンラインでは、プロローグ部分とほぼ同じ内容を読むことができます。

toyokeizai.net

以前、『潜行』の感想も書いたことがります。ご興味のある方はどうぞ!

lucas-kq.hatenablog.com

 

帯の写真の可愛さよ!

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