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「詞書」のある詩集 文月悠光『臆病な詩人、街へ出る。』(立東舎)を読みました

   

臆病な詩人、街へ出る。 (立東舎)

臆病な詩人、街へ出る。 (立東舎)

 

 文月悠光さんの新刊『臆病な詩人、街へ出る。』を読みました。この本は、「cakes」での連載に、新たに書き下ろした「臆病な詩人、本屋で働く。」(前後篇)を加えて一冊にまとめたものです。

 『洗礼ダイアリー』を読んだ時にも少し感じたことですが、やはり、穂村弘『現実入門』に近いコンセプトなのかなという印象を受けました。しかし、本書は実体験を下敷きにした普通のエッセイで終わっていなくて(もちろん、穂村さんも「普通の」エッセイを書く人ではないですが)、文月さんにしかできない素敵な味付けが文章の端々に感じられました。それぞれの回の中盤から結びにかけての展開が「詩」なのです。

 文月さんは詩人なのだからそれは当たり前なのかもしれません。詩人であるということは、ぬぐいがたい彼女の個性として文月さんの中に強固にあって、だからこそ彼女の書くものは、何を書いても詩になる(あるいは、詩のように読める)のだと思いました。本の中で、「さっさとやめちまえ」という罵倒のメールを送り付けられた経験が綴られていましたが(「鏡の向こうにストレートを一発」)、この罵倒は全くもってナンセンスだと思います。私たちが人間であることを辞められないのと同じ意味で、彼女は詩人を辞めることができないんじゃないか。本書を読みながらそんなことを考えたりしました。

 本当に様々なお話が収録されているのですが、ショッキングな出来事・心無い言葉を浴びせられた出来事を冷静に振り返って、自分自身の気持ちを整理していくお話もあれば、未知の世界に突撃して蒙が啓かれていくまでを綴ったお話も収められていました。

 様々な人たちとの対話を重ねていく経験を通じて文月さんの世界観が少しずつ変化していく過程が面白かったです(何回も「くらくら」していたのが特に印象的)。他方で、ある面では変わらずに生きていくことを確認したりもしていて、「成長」や「気付き」を無理強いしがちな社会に疲れてしまった人の心にも、優しく寄り添ってくれる本だと思いました。

 各エピソードの結び方がいずれも美しくて、「エッセイ」でありながらも「詩をしている」感じが、読んでいて心地よかったです。まるで、「詞書」*1のある詩集を読んでいるような気持ちになりました。詩がこぼれ出す瞬間に立ち会う、紙のドキュメンタリーみたいな。

 「私は詩人じゃなかったら『娼婦』になっていたのか?」は非常に読みごたえがあって好きなのですが、「臆病な詩人がアイドルオーディションに出てみたら」が一番心に残りました。私がアイドル好きであることによるバイアスが大いにあるとは思いますが、全人類に読んでほしい。特に、文月さんなりの「アイドル」の定義が示される次の一節に胸を打たれました。

 

私がミスiDに出たのは、「本気で詩を書いています」と自分の口で宣言したかったからだ。「私もアイドル(=本気*2で闘ってる女の子)なんだよ」と。(P219)

 

 「本気で闘ってる女の子」という表現に、自分がなぜアイドルに惹かれているのかという問いへの答えを見たような気がしました。私たちは日々の暮らしの中で、時には闘わざるを得なくなることがあるわけで、そうして打ちひしがれた時などに、同じように「本気で闘ってる」人の姿を見ることは大きな励みになると思うのです。多分、そこには、「女の子」であるか「男の子」であるかは関係ないのだとも思います。しんどいことも多々降りかかるこの世界で、「共闘」している仲間のような存在がいることを確かめて、励みにしたい。だから私はアイドルや、アイドルの現場に惹かれるのかもしれません。

 私は『臆病な詩人、街へ出る。』の読書体験を通じて、期せずしてオタクとしての衝動の根源を見つけさせてもらいました(笑) おやすみホログラムがなぜ尊いのか、中島健人君がなぜ尊いのかが分かりました!笑 当然ながら、どんな扉が開かれるかは人によって違うと思うので、たくさんの人に読んでほしいと思いました。興味を持たれた方はぜひ! 

 

『洗礼ダイアリー』を読んだ時の感想です 。こちらもオススメ!

lucas-kq.hatenablog.com

 

 

*1:和歌が詠まれた時や場所、いきさつなどを説明した文章。

*2:本文では「マジ」というルビが振られています