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アイドルの教育実習のようでもある、クリティカルなオーディションドキュメンタリー 『世界でいちばん悲しいオーディション』(監督:岩淵弘樹)感想

 『世界でいちばん悲しいオーディション』を観てきました。大変素晴らしいドキュメンタリーでした。予告編を観た時には、また渡辺淳之介氏によるハラスメントすれすれのショーを見せられるだけの映画体験になるのかしら、とビクビクしていましたが、本編を観てその予感は見事に裏切られました。予告編と本編の印象がこんなにも違う映画を観たのは久しぶりな気がします。

 この映画の中には、様々な宛先に向けた強烈なアイロニーと批評的な眼差しが込められていると感じました。アイドル志望者に向けたもの、渡辺淳之介氏に向けたもの、ニコ生で合宿の「上澄み」をお気楽に享受していた私たちに向けたもの。何回もハッとさせられました。

 以下、ネタバレを含む感想文となりますので、事前に情報を入れずに映画を観に行きたいという方はご注意ください。 


映画『世界でいちばん悲しいオーディション』120秒予告 2019年1月11日(金)公開 限界を超えた少女たちのオーディションドキュメンタリー

 

 

 

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 オープニングは、合宿オーディション参加者たちを乗せた船が、舞台となる壱岐島に入港する場面から始まります。離島の美しい風景が次々と映し出され、和気あいあいとバス移動をする参加者たちの姿も映ります。このあとすぐに地獄が待っているとも知らずに・・・。まるでホラー映画のオープニングです。

 オーディションが「地獄」と形容するにふさわしいものであったことは、ニコ生を観ていた人はもちろん知っているはず(私たちの観ていたものはほんの上澄みにすぎないことが次第に明かされていくわけですが)だし、ニコ生未見の人でも映画のタイトルから察しがついていることでしょう。美しすぎる離島の遠景が、これからクローズアップしていく人間の醜い部分と見事な対照性を成し、EMPiREの「アカルイミライ」の荘厳なメロディの力も相まって一気に映画の世界に引き込まれました。

 そして場面は、最初の食事の場面へと移ります。全員にデスソース入り弁当が用意されており、トイレに駆け込む参加者も出る惨状が早くも繰り広げられることとなります。この時点で「もう無理!」となる人もいるかもしれません。しかし、デスソースを使って分かりやすくニコ生用の「見せ場」を作る安直な手法は、この2018年のオーディションで大きく見直されて反省されることになるので、私たちも辛抱して鑑賞を続けねばなりません・・・笑

 その後は合宿所到着の場面、練習場へ移動してのレッスンへと続きます。ここで、参加者への個別のインタビューが流れるのですが、かなりぬるい志望動機の子や受け答えがしっかりしていない子が既に散見されます。恐らく、未熟な受け答えであっても、わざとそのまま使用しているのだろうと思われます。合宿参加者へのアイロニーを感じました。「自分を変えたい」「周りの人を見返したい」「自分は普通に生きていたくない」などといった言葉たちは、本人たちにとっては切実な想いなのかもしれませんが、陳腐に聞こえました。

 その後も、空き時間に必死に練習する姿勢が見られない参加者に対するスタッフの違和感や、脱落してもあっけらかんとした表情で帰っていくオーディション参加者の姿が強調されます。現役メンバー4人(キャン・マイカ、モモコグミカンパニー、ペリ・ウブ、パン・ルナリーフィ)が到着した時に無邪気にはしゃぐ姿はもはやただのファン。

 ある落選者の「落ちたのにこれだけ喋れるって、私は芸能人に向いてると思いませんか?」「裏方の仕事にも興味がある」「デザインの仕事もしてみたい」といった発言も流れるのですが、そりゃ落ちるわなあ!と思わずにはいられない典型的な文化系ワナビー発言でした。今度のオーディションに参加しようと考えている人にとっては良い教材となるかもしれません。 

 このあたりの一連の流れを観て、『SiS消滅の詩』の大反省会と題したイベントで渡辺氏が語っていた次の言葉が思い出されました。 

申し訳ないんだけど、俺と仕事しない以上、彼女(※引用者注「のび太」のこと)は多分「ファン」でしかないから。冷たい言い方かもしれないけど。(SiS消滅の詩大反省会より)

 

 後半は、オーディション参加者の指導とフォローに当たる現役メンバーたちの姿が印象的でした。芸能界のスタート地点に立つことを許されて、日々努力を重ね続けている人はやっぱり違う。彼女たちの人徳に惚れ惚れしました。パンさんが教え上手なのが意外で、感心しました。ペリ・ウブさんとモモコグミカンパニーさんは距離感が絶妙。そして、キャン・マイカさんの名教師っぷりが素晴らしかったです。3年B組キャン八先生・・・。アイドルたちによる教育実習を見ているみたいな気持ちになりました。

 特に、大量の脱落者を出した3日目の夜に見せたキャン・マイカさんの優しさには本当に心打たれました。とある落選者3人が固まって愚痴を言い合っているのですが、まずはその内容が胸の痛むものでした。「このオーディションで何か変われるの?」「受かったら変わるんだろうけど・・・」「新興宗教みたい」。そしてこの3人は、脱落者の救済措置として用意されていた作文も辞退すると言い出します。

 落とされた途端にこうも豹変してしまうとは! カメラを回していたバクシーシ山下さんも思わず引き気味で「変わり身の早さがすごい」とつぶやいてしまうほど。典型的な防衛機制の発動で、「すっぱいブドウ」的な負け惜しみでしかないのですが、一方で「あれだけ頑張ってきたのに、本当に3人とも心からそう思っているのだろうか?」という疑問も残る場面でした。

 キャン・マイカさんは彼女たちの話に耳を傾け、そのうちの2人を渡辺氏の近くまで連れて行き、「作文を書かせてくださいってお願いしよう」「私が『渡辺さん!』って呼ぶから」と励まします。結局その2人は作文を辞退したままで合宿を終えてしまうのですが、それまで強がっていた姿が嘘みたいに、思い切り声をあげて泣く2人の姿は素敵に映りました。キャン・マイカさんのはたらきかけがなかったら、彼女たちは素直な悔し涙を流せないまま合宿所を後にしていたと思います。

 この他にも、ニコ生には映らなかったドラマがこの映画の中にはたくさん収められています。ヒラノノゾムさんが味わった苦労や、デスソースによるポイント稼ぎがエスカレートしていく合宿終盤の模様なども、ニコ生で安全な場所からショーを眺めていた私たちを撃つような内容であると思いました。 

 また、自分のどこが悪かったのかを聞きに来た落選者に対して、一人ひとり対応する渡辺氏はさすがでした。「この世界は、努力をしたからといって評価されるとは限らない世界」「腹が痛かろうがステージに立たなくてはいけない時もある」「このオーディションが「正しい」というわけじゃない」「真正面からぶつかろうとしてないじゃないか。話すときに目も合わせねえし、肝心なところで茶化したりするな。」といった言葉たちは、かなり心に響きました。やっぱりこの人は「show must go on」の精神の持ち主なのだと感じました。自分自身のことも相当追い込みながら仕事をされているのではないでしょうか。

 それから、合宿のシステムとして、毎日マラソンがあることと、みんなが一斉に同じ内容の食事をすることは超合理的だと思いました。それだけで、健康的に息の長い活躍ができる子であるかどうかをある程度見極められる! ちゃんと食事もとれて、運動もできている子はやっぱり最後まで残っている印象です。夢眠ねむさんの『まろやかな狂気2』を読んでいたときに「今の平成生まれの子達を見ていると、食べ物が良くない」と述べている箇所があったのですが、今回映画を観て腑に落ちました。

 他にもたくさん感動したポイントがあるのですが、あんまり書きすぎるのも野暮かもしれないので最後に箇条書きで。

・合宿所から大阪に移動するシーンが超カッコ良い。

・ ガミヤサキさんのその後と、ヒラノノゾムさんが大阪にちゃんと来てたところにすごく安心しました。

・「記念受験」「社会科見学」感覚でオーディションを受けに来てしまう参加者を上手に落とさないと、本気の子にも悪影響が出ちゃうんだと思いました。

・デスソースは審査におけるメリットが一つもないと思いました。

・渡辺氏を絶対視しないメンバーがちゃんといることって健全。モモコグミカンパニーさんがいてよかった。渡辺氏もその点をすごく信頼しているようで、すごく良い関係性だと思いました。

・現役メンバー全員を好きになってしまう作品に仕上がってます。

 

 この短いエントリでは書き尽くせないくらい魅力に満ちた映画ですので、本当にたくさんの人に観てもらいたいと思いました。何度も何度もハッとさせられる体験が待っています。

 

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