レモンの鉢の話(6月3日)
アイドルの話でもないし、音楽の話でもないし、本の話でもないのですが、本当に個人的な日記を。
家にレモンの鉢があるのですが、少し前に、潜んでいたアゲハの幼虫に葉っぱを食われ、かなりピンチな状況になりました。
しかし、持ち前の生命力で息を吹き返し、新芽も付いたし、つぼみがふくらみつつあります。
素晴らしい。
「性」と「教育」と「母娘」問題の合奏 『夫のちんぽが入らない』(扶桑社、2017・1)感想
こだまさんの著書『夫のちんぽが入らない』を読みました。こだまさん自身の半生を描いた私小説です。昨年に発売されるや否や、そのインパクトのあるタイトルで話題を集めました。様々な反響があったと思いますが、タイトルだけで拒否反応を示す人や、話題の集め方が何となく気に食わなくて読むことに難色を示した人などもいたのではないでしょうか。私自身は、ツイッター上で話題になっている様子を横目で眺めつつ、特別嫌悪感を抱いたりはしなかったものの、何となく手を出さずにいてしまったクチでした。おそらく、何となくスルーしてしまっている人というのが、最も多くいらっしゃるのではないかと思います。
私は大学・大学院と近現代の文学を学んでいて、「話題になっている本は時代を映す鏡だから、可能な限り目を通しておきなさい」というようなことを師匠に言われながら育てられたのですが、なかなかその教えを守ることができていませんでした。1年以上遅れで『夫のちんぽが入らない』に手を出した理由は、今週からヤングマガジンで漫画版(作画はゴトウユキコ)の連載が始まったことがきっかけです。大好きな漫画家さんによるコミカライズなので俄然興味が湧いたのはもちろんですが、言葉で書かれたものが画になったときの変化を観察するのがもともとかなり好きである*1ということもあり、これを機に漫画と原作の両方を読んでみようと思ったのでした。
本書は4つの章立てで構成されています。あまりネタバレにならないように、超ザックリと要約すると、1章の「春陽」では、大学への入学と「夫」との出会い、そして「入らない」問題の発覚が描かれます。2章「落日」では、「私」の就職と仕事における苦難。3章「極夜」では、仕事でのますますの混迷に加えて、私生活と体調が乱れていく過程。4章「朝暉」では「私」の退職後の話が描かれていきます。
タイトルがタイトルなので、「ちんぽが入らない」ということ(※以後、「ちんぽ問題」と呼ぶことにします)ばかりに注目が集まりがちですし、性の話ばかりが描かれる作品なのではないかと未読の人々はお思いかもしれません。私自身もそのような先入観を持っていました。しかし、一通り読み終えた今は、この作品に対する印象はガラッと変わりました。そうした先入観は一度捨てて、騙されたと思ってより多くの人に読んでもらいたいという気持ちになっています。これは、想像以上に射程の広い小説です。
たしかに、「ちんぽ問題」の告白から物語が始まるし、そのことが後の展開に影響を与えている側面は非常に大きい。しかし、「ちんぽ問題」は途中で何度も後景に退いていくのです。音楽にたとえて言うと、キーボードの印象的な旋律で曲が始まるんだけど、ギターやドラムやベースの音も、その後の展開の中でめちゃくちゃ歌い出してくる曲みたいな感じです。それでは、ギターやドラムやベースに当たるのは何なのかというと、それは「教育現場の問題」「母娘の問題」です。『夫のちんぽが入らない』という作品は、教育現場の闇や、ある種の教員が抱えやすい地獄や、母親が娘にかけてしまう呪いについての、重要な問題提起を含んだ小説だと私は感じました。2章以降はこれらの問題こそが中心的なテーマであるといっても過言ではないです。
タイトルからはそのことが伝わりにくいし、オビの推薦文やコメントにもそのことには触れられていませんので、ある意味では、その売り出し方によって射程があらかじめ狭められてしまっている側面があるかもしれません。それはあまりに勿体ないと思い、私なりの感想を書いてみました。「性」と「教育」と「母娘」問題の合奏、というタイトルをこのエントリに付けてみましたが、読者によって、聴こえてくる音は様々だと思いますし、私には聴こえなかった音色を聴くことのできる読者の方もいると思います。色々な方の感想をもっともっと読んでみたい!
さて、本作は今週から週刊ヤングマガジンにて漫画版の連載が始まっています。これがまた素晴らしいです。「小説の「語り」には乗り切らない情報を、このように解釈するのか!」という驚きに満ちています。口の歪み方とか、苦しそうな表情とか、喜びの表情とか、顔の描き方が素敵だと思いました。原作が刊行された時に敬遠してしまっていた人は、これを機にまずは漫画の方からでもお読みになってはいかがでしょうか。私は漫画版の著者の作品が非常に大好きなので、コミカライズが発表された時にはいたく興奮しました。原作者のこだまさんがtwitter上で出されたコメントを読んだ時も、ますます期待が高まったものでした。
言語によって伝えられるイメージというのは、最大公約数的なものにならざるを得ないと私は思っているので、それがいかに固有の視覚的イメージに結実していくのかという点が楽しみです。もちろん、原作の文章がありきたりで退屈であるという意味ではありません。こだまさんの文章の素敵なところは、ユーモラスな言葉遊びによって、彼女自身の経験や所感の固有性が見事に表されていく点だと思っています。
こだまさんの文体が、ゴトウユキコさんの描く画面に翻訳されていく妙技を楽しみに追いかけていきたいと思います。
5/21発売『ヤングマガジン』より漫画版『夫のちんぽが入らない』の連載が始まります。性もタブーも真正面から繊細に描く『Rー中学生』『水色の部屋』のゴトウユキコさん@gotouyukikoが手掛けて下さることに!先ほど第1話を一足早く読ませてもらったのですが自分の話だということも忘れて圧倒された。 pic.twitter.com/TrH3cXOtBT
— こだま (@eshi_ko) 2018年5月7日
コミカライズの話を伺った時は「文章を漫画にする意味があるのだろうか」と疑問だった。ゴトウさんに決まりネームを読ませてもらった瞬間、その思いは完全に吹き飛んでしまった。漫画でしか描けない微妙な感情や情景が山ほどあったんですよ。何も知らなかった。漫画の凄さを教えてくれてありがとう。
— こだま (@eshi_ko) 2018年5月7日
こだまさん @eshi_ko原作「夫のちんぽが入らない」の漫画版を、5/21発売の週刊ヤングマガジンより連載します。原作に敬意を込めて、こだまさんへのラヴレターのような気持ちで、最後までがんばりたいです。 pic.twitter.com/bpOmQbLEJr
— ゴトウユキコ (@gotouyukiko) 2018年5月7日
最後に、併せて読んだら面白いのではないかと思われる本をピックアップしてみました。私は、『夫のちんぽが入らない』を読みながら、これらの本のことが思い出されました。
母は娘の人生を支配する なぜ「母殺し」は難しいのか (NHKブックス)
- 作者: 斎藤環
- 出版社/メーカー: NHK出版
- 発売日: 2008/05/28
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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*1:基本的にこのブログではアイドルの楽曲のことばかり書いています。アイドルの楽曲は特に、歌詞とMVそれぞれの印象の違いが面白くて、大ハマりしています・・・。