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夏と鎌倉が恋しくなる ゴトウユキコ『家庭教師』(『週刊ビッグコミックスピリッツ』12号掲載)

 ビッグコミックスピリッツ掲載の、ゴトウユキコ氏の新作読切『家庭教師』を読んだ。ゴトウ氏のオリジナル作品は2020年の『天国までひとっとび』(webアクション)以来。氏はここのところ、原克玄氏原作の『フォビア』の作画仕事をしていたので、ファンにとっては待望のオリジナルだったと言える。以下、ネタバレなしで感想を残しておきたい。

『家庭教師』は、おそらく関東近郊に暮らしている高校生が主人公。主人公の「研一」と、家庭教師の「先生」との心の交流を描いた作品となっている。前作と同様、ゴトウ氏らしい優しい愛の物語に仕上がっていた。

 前作もそうだったのだが、今作も構成と作画の妙が随所に光っており、漫画の「教科書」とでも呼ぶべき見事な読切だった。登場人物の表情やまなざし、夏のムードを表現した画面、無駄のないセリフ、出来事と移動の必然性。どれもが一流である。ご本人は謙遜して照れるかもしれないが、予告の時から編集が謳っている「鬼才」の文句は全く大げさではなく、端的な事実に過ぎないのだということをまざまざと見せつけられる。

 今作であらためて巧いと思ったのは、ぐつぐつとした感情の表現の仕方である。思春期特有のイライラや、人間が誰しも持つ押し隠した欲望などを、ゴトウ氏の作品は言語に頼らずに絵の力だけで届けてくる。セリフのないコマも実に雄弁で、1コマ1コマが妥協のない強力な一矢として読者の心に刺さる。そして、登場人物各々のぐつぐつと煮立った感情が充ちてきた後の、緊張の緩和のタイミングも非常に絶妙で、何とも言えない爽快なラストが心に残った。少ない登場人物でも物語にこれだけの奥行きを演出できるというお手本にもなっていて、舌を巻いた。もっともっとゴトウ氏の新作を読みたい、という無茶なワガママを抑えることができない。

 しばらくは『家庭教師』を繰り返し味わいたい。今から夏が恋しくなってしまうような、すばらしく優しい一編だった。鎌倉に行って生しらすでも食べたいな。

 

前作『天国までひとっとび』(webアクション、双葉社)も名作

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原克玄作品とゴトウユキコ作品で「世にも奇妙な物語」の特別編が何シーズンも作れそう 『フォビア』第1巻感想

『フォビア』(原作:原克玄、作画:ゴトウユキコ)の第1巻が発売された。

 この作品は1話完結型のホラー漫画で、「ビッグコミックスペリオール」(小学館)誌上で不定期連載されている。『フォビア』のホラー漫画としての特徴は、お化けや怪物の登場による恐怖演出などが一切無いという点である。そこで描かれるのは全て、ある人間が抱く「恐怖症」に起因する恐怖となっている。

 恐怖に限らず、感情とはそもそも主観的なものであると思われるが、恐怖症による恐怖はとりわけその程度が著しいように思う。だから理解や共感が難しい。「その隙間もアウトなの?」「その匂いも気になる?」「たったそれくらいの高さで?」。各エピソードの主人公たちが抱く恐怖は、まさにそのような恐怖である。恐怖症ゆえの極端さがあり、しかもそれらは彼ら/彼女らに固有のものであるため、周囲の人物は主人公たちが囚われている恐怖に理解や共感を示すことができない。読者である我々は主人公ではなく、むしろ、彼ら/彼女らの周囲の登場人物の方により多く同一化して、恐怖症に苛まれる人物たちが取る行動の不気味さやおぞましさを味わうことになる。

 今回収録されているエピソードは5つだが、回を重ねる度に原作と作画のシンクロ率が上がっているのを感じる。バトンの受け渡しをアシストしている編集者さんの丁寧な仕事ぶりがうかがえる。今後は、物語のバリエーション展開が課題になるか。ジャンルの都合上、痛いシーンや破滅の展開が多くなってしまうのはある程度は仕方のないことなのかもしれないが、これから先どんな形で新しい恐怖の提示がなされていくのかが楽しみである。原さんの過去の作品に登場するマスコットキャラ的なものがこっそり描き込まれているのを見つけるのも楽しみ。

 発売に際して、単行本1巻に収録されている集合体恐怖症のエピソード、第4話「集合体」が無料で公開された。なかなかのバズりっぷりで、10月14日現在のRT数は約4000、いいね!数は15000を超えている。

 ちなみに、これは、ゴトウ氏の完全オリジナル作品としては現時点(10月14日)で最新のものとなる読み切り作品「天国までひとっとび」をしのぎつつある勢いである。最近は、心の温まる平和な物語ばかりが求められがちで、凄惨な作品は受け入れられないのかと考えていたので反響のすごさに非常に驚いた。

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 非常にたくさんの引用RTがなされていて、『フォビア』第4話に対する色んな人の感想を読むことができたのだが、あの話を「上京あるある」的なものとして受け止めている人が一定数いるのも驚きだった。全くもって「あるある」ではないからこそホラーが成立していると思っていたので、そんな読み方もあるのだなと。「あるあるあr……ねーよ!!」っていうツッコミが入りそうなギャグの、そのボケ方を過剰にしたものがホラーになるのではないかと思っていたから、とても意外に感じた。

 でも確かに、程度の差こそあれ同じような恐怖症を持っている人はいるはずなので、共感できる一面があるのは少し分かる。原氏の原作は、思わず共感してしまいそうになる部分と、目を背けたくなる部分との混合の具合が上手なのだと思う。1話で取り上げられている「隙間」は私も少し苦手で、引き出しやクローゼットがちょとだけ開いていたりすると不安になるし。

 感想の中には、主人公の放埒さに対してなぜかキレ散らかしている人もいて、それはさすがにどうなのかと思った。お前は現実と虚構の区別もつかないのか、と。ただ、それほどの嫌悪感を読者に抱かせることができたということは、すなわち、『フォビア』の表現がホラーとして大成功していることの証明だと思う。口汚い感想が、この作品を生み出している両氏の目に触れてしまったとしても、「がっはっは、貴様の反応は我々の思惑通りだな」と受け流していただいて、これからも心健やかに創作を続けていただいてほしいと願う。

 連載は今後も続いていくとのことだが、この調子で積み重ねていけば、ホラー漫画の新しい金字塔を打ち立てることになるかもしれない。映像との相性も良さそうで、「世にも奇妙な物語」の特別編が何本でも作れてしまうのではないかと思った。ゴトウユキコ氏オリジナルの短編にも、世にも奇妙な物語向けの物がいくつかあるし。ちょっとホロリとするお話の枠で「天国までひとっとび」は最適である。「角田先生」は角田さんがそのまま演じてもらう形で。また、ゴトウ氏の短編集『36度』(講談社)所収の「すてきな休日」も少し不思議なお話で、ピッタリだと思う。動物たちが主人公を祝福する場面とか、主人公の妻の顔がなぜか伏せられている不気味さとかも良い。映像の世界の人たちに発見されることを祈ります。

 ところで、ゴトウさんの作品に恒例(?)の、ちょっとした落書き的な描き込みは今作でも健在だった。試し読みができる4話「集合体」では、駅の人混みの場面でバンドの人間椅子のメンバーとおぼしき人物の姿を確認できる。さらに、主人公の着ているTシャツに書かれた文字「bizarre hunter」は、人間椅子の曲「猟奇が街にやって来る」の歌詞からの引用だと思われる。今後も、描き手によるこうした遊び心の部分も楽しみにしながら連載を追いかけていきたい。


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