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多彩な「表情」が露わに こだま/ゴトウユキコ『夫のちんぽが入らない』第2巻(講談社)感想

 『夫のちんぽが入らない』(原作こだま/画ゴトウユキコ)の第2巻が出ました。

 昨年の9月に発売された第1巻は、主人公さち子と慎の出会いから結婚までが描かれました。性交渉ができないという問題を抱えながらも仲睦まじく交際を続け、結婚に至った2人。心温まる恋愛マンガを読んでいるかのような場面と、性交渉の不可能をコメディタッチな比喩表現で描いた場面とのコントラストが印象的でした。もちろん、直球の痛々しい場面もあります。主人公の味わう心身の痛みを、文字で読んだ時の何倍も痛そうに描く絵の力が冴えていました。  

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夫のちんぽが入らない(1) (ヤンマガKCスペシャル)

夫のちんぽが入らない(1) (ヤンマガKCスペシャル)

 

 

 2巻からは、いよいよ社会人編に突入しました。1巻では、さち子と慎の一対一の関係性が中心となっていましたが、教員の道を歩み出したさち子に新しい試練が降りかかり、作品世界は立体感を増していきます。

 もちろん、2巻でも夫婦の話は全体を貫いていて、さち子が慎のことを「かわいそう」と思う場面が特にグッときました。捨てられてしまうごはんを「かわいそう」と思う場面も。決して、自分のことを「かわいそう」と思ったり言ったりすることのないさち子の姿が痛ましい。自分以外の誰か/何かの心配ばかりをする主人公に、原作を読んだ時以上に胸が苦しくなりました。

 中盤からはいよいよ、職場の人間関係や、異動後の小学校で起こる学級崩壊が描かれ始めます。若い女性教員であるというだけで浴びせられる心無い言葉、指導上注意を要する生徒の問題なども生々しく描かれていて、「性」のことだけにとどまらない難題が浮上していきます。原作自体が持っていた「表情」の多彩さが、絵の力を得てより一層生き生きと描かれる2巻となっています

 2巻まで読んでみて思ったのは、この作品が、ゴトウユキコによる「いたさ」(心の痛さ、身体の痛さ、人間のみっともない部分・未熟な部分のイタさ)の表現の、現時点における集大成とも言うべき作品になりつつあるのではないかということです。

『R-中学生』『ウシハル』『水色の部屋』『きらめきのがおか』『36度』とキャリアを積み重ねることで作者が磨き上げてきた持ち味が遺憾なく発揮されています。

 思えば、ゴトウユキコは、デビュー作の『R-中学生』の時から「普通」をめぐる問題を描いていたように思います。そこでは、「ノーマル/アブノーマル」の線引きについて血みどろの戦いが繰り広げられました。物語は、血みどろの汚物フェチの少年にささやかな救いがもたらされることで締めくくられます。そして、『夫のちんぽが入らない』の主人公さち子も、夫とつながるために「血みどろ」になって苦闘します。「普通」に性交をできる夫婦であろうとするために。『夫のちんぽが入らない』のコミカライズにゴトウさんが選ばれたということの運命的なめぐりあわせについても考えさせられました。

 また、それを愛好すると『「普通」から外れている』とされてしまう対象への愛を描いているという意味では、『R-中学生』(汚物への愛)、『ウシハル』(異類への愛)、『水色の部屋』(近親者への愛)、『夫のちんぽが入らない』(性交が不可能な者との結婚)のいずれも、共通したモチーフに貫かれた作品たちだと言えるとも思いました。

 最近初めてこの作品の存在を知った人も、様子見のつもりでコミックスをまだ買っていなかった人も、是非、まとめて読んでみることをお勧めします。過去作も。  

夫のちんぽが入らない(2) (ヤンマガKCスペシャル)

夫のちんぽが入らない(2) (ヤンマガKCスペシャル)

 

 

 

 

モーニング娘。OGの飯窪春菜さんもお読みになったそうで、先日ラジオ番組でそのことをお話されたとのこと。さんまさんにも知られるところになったというのだからすごい!

 

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ひとつしかないものを、あえて数え上げてみること 笹井宏之『えーえんとくちから』(ちくま文庫)感想

 笹井宏之『えーえんとくちから』(ちくま文庫)を読みました。笹井氏の短歌、俳句、詩、エッセイが収録されています。解説は穂村弘氏です。

 ちなみに、私が買ったものには特典ペーパーが同封されていました。このペーパーには、先日『ダルちゃん』が新井賞を受賞した、漫画家のはるな檸檬さんによる手記「えーえん書く力をください」が掲載されています。『ダルちゃん』には『えーえんとくちから』が出てくる場面があるのですが、それも掲載されていました。

 それでは本の感想を書きたいと思います。やはり、タイトルが秀逸だと思いました。「これはいったい何のことだろう?」と思わずにはいられないタイトルは、収録されている短歌の一節です。最後まで読めば「永遠解く力」のことだと分かるのですが、私は最初「とくちから」の「くちから」の部分を「口から」と漢字変換してました。そして「えーえん」は「えんえん(延々)」のことかと思って、延々と短歌を紡ぎ出していく作者自身の自画像のことなのではないかと考えてしまっていました。笹井さんの短歌には、この他にも思考の回り道・寄り道を誘う作品がたくさんあって、刺激的な読書体験となりました。

 タイトルになった短歌も素敵ですが、生きることや食事にかかわる短歌に私は特にグッときました。一番好きなのは以下の2首。まず1首目。  

 

からだにはいのちがひとつ入ってて水と食事を求めたりする

 

 この歌は、「いのち」の数をあえて数え上げているところが素敵だと思いました。命はひとつしか持てないということは当たり前なのですが、その当たり前を丁寧に確認して、言い聞かせてくれるような優しい作品だと思いました。いのちがあるからには水と食事を求めてよいし、水と食事をとったからにはそのまま生きていてよいのだと肯定してもらえるような気持ちになります。

 続いてもう一首。

 

いつかきっとただしく生きて菜の花の和え物などをいただきましょう

 

 こちらの歌には、「ただしく生き」るとは何だろう?ということを深く考えさせられました。身体表現性障害と闘っていた作者にとっては「健康な身体を持って生きる」ことだったのだろうかとか、翻って私たちにとってはどう生きることが「ただしい」のだろうかとか、そんなことを考えました。「菜の花の和え物」というチョイスも、好きです。

 歌集を読むのは久しぶりだったので、とても新鮮な気持ちで読めました。最後に読んだのは平岡あみと村木道彦でしたが、村木道彦氏の次の短歌も大好きな一首です。 

 

失恋のわれをしばらく刑に処すアイスクリーム断ちという刑

 

 この歌にも、生きることと食べることとの繋がりがあって、その中に、かわいらしさや哀しみや可笑しみが一つまみずつ入れられている感じがします。複雑な味のスープを飲んでいるような気持ちになって、胸に沁みます。

 

 『えーえんとくちから』、とても素敵な本でした。いろんな人のお気に入りの一首を聞いて回りたくなります! おすすめです。

 

 

えーえんとくちから (ちくま文庫)

えーえんとくちから (ちくま文庫)

 

 

ダルちゃん: 1 (1) (コミックス単行本)

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ともだちは実はひとりだけなんです (Billiken books)

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村木道彦歌集 (現代歌人文庫 24)

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