もしもし、そこの読者さま

ライブアイドルのライブレポ、Sexyzoneのライブレポ、映画・舞台・本などの感想などなど

「宿題」を投げかける作品たち ゴトウユキコ『夫のちんぽが入らない』第1巻&初短編集『36度』 感想

 ゴトウユキコ『夫のちんぽが入らない』①(原作:こだま)と、同作家の初短編集である『36度』が同時刊行されました(いずれも講談社より)。どちらも、楽しみにしていた単行本でした。感想を書こうと思います。

  世の中には、読めば/観ればたちどころにスカッと笑える作品や、素直に感動して涙を流すことのできる作品が数多くあります。他方で、鑑賞後に何とも言えない気持ちが残り、すぐには感想を言葉にできないタイプの作品というのもあります。

  ゴトウ作品はまさしく後者で、すぐに笑えたり、すぐに泣けたりする作品とは違うタイプの作品だと思っています。(そこに「優劣」を見出だすつもりは毛頭なく、単純に作品のタイプの「差異」の話として。)
 読んでいるときは、ただただ胸を衝かれます。苦しくなります。頭から離れなくなる。似たような痛みや苦しみに襲われた時に、不意に作品のことを思い出したりしてしまいます。そして日々の暮らしの中のあるタイミングで、何となく腑に落ちてくる瞬間が突然訪れることもある。
 まるで、一生をかけて考えさせられる「宿題」を渡されたような気持ちになります
 今回単行本の形でまとめられた作品たちも、そういった類いの作品であると思いました。

 特に『36度』は、心臓が弱い人は元気なときにしか読まない方がいいのではないかというくらい(笑)、ズシンとくるお話が多めの短編集となっています。ぜひ多くの方に、直接その目で読んでほしいので、各作品のネタバレになるようなことは避けますが、作品たちの重みはオビの文からもうかがい知ることができます(編集者様の気合を感じるキャッチです)。

 体の関係だけ。でも、純愛。(『36度』帯文より)

 

この恋を、テキトーとか、軽いとか、言うな。(同上) 

 

 ただし、「すてきな休日」は『36度』に収めれた作品の中でただ一つ毛色を異にしている家族の物語で、心温まるお話です。世界が自分を祝福してくれていると感じられる瞬間を見事にビジュアル化した、幻想的な場面が見所です。また、「犬、走る」も爽やかな読後感の物語になっています。

 その他の作品はどれもズシンとくるお話揃いなので、心して読書に臨まなければいけないでしょう(笑)

 

 両作とも、装丁が非常に素敵です。

f:id:lucas_kq:20180906104140j:plain f:id:lucas_kq:20180907165623j:plain

 

 『夫のちんぽが入らない』は、こだまさんの原作が大ヒットを収めた私小説のコミカライズです。私は、漫画版の連載が始まったタイミングで原作を読みました。感想も書きました。 (もし万が一、「奇をてらったタイトルの、下品な本」などという誤解をしてしまっている人がいるとしたら、目を通してほしいです、、、。

lucas-kq.hatenablog.com

 

 基本的には原作に忠実な形でコミカライズされているのですが、登場人物たちが感じる「心身の痛み」の表現は、原作よりもマシマシになっていると私は思いました。絵の力がすごい。

 この、原作とコミカライズとの間にある衝撃度のギャップは、原作の方でのこだまさんの文体とも関係していると思いました。原作では「私」にとって辛い出来事が描かれる際に、必ずと言っていいほど、クスッと笑えるような表現も近くに織り交ぜられていて、重くなりすぎないようにする配慮(あるいは、苦難を開陳することに対する「照れ」なのでしょうか)が見られます。 

 漫画版では、そのようなオブラートは剥がされ、痛ましい場面や苦悶の表情が直截的に描かれます。絵を中心に表現するメディアである漫画の特性が、原作小説では気付きにくかった登場人物たちの痛みの深さを暴いているのです。

 だから、原作を読んだことのある読者にとっても、毎回毎回が非常に新鮮で、漫画の持つパワーと可能性にハッとさせられます。逆に、漫画を読んでから原作を手に取った方は、こだまさんの文体が持つ味わいや、その美しさに感動することでしょう。

 

こだまさんが絶賛されるのも納得のコミカライズです

 

 『夫のちんぽが入らない』の巻末には、こだま・ゴトウユキコ両氏の往復書簡が収録されています。お二人とも心のこもった長文のお手紙を交わされていて胸が熱くなりました。次に引用する箇所に私はグッときました。 

 

田舎の閉鎖的空間に生まれ、、逃げたくても逃げれない。逃げる場所なんて他にどこにもなかった。ネガティブで人と話すのが苦手で極度に緊張する。頭が真っ白になる。しどろもどろになる。死にたい消えたいと思う。原作の「私」、まんがの「さち子」に、その部分だけは、誰よりも寄り添えると思いました。寄り添いたいと思いました。(往復書簡「ゴトウユキコから、こだまへ。」より)

  

私は完全に原作者だということを忘れ、一読者として最新話を楽しみにしています。そして「ちんぽ」に限らず、まだゴトウさんの作品を読んだことのない人に「こんなすごい人がいるんですよ」と言ってまわりたい。(往復書簡「こだまから、ゴトウユキコへ。」より)

 

9月8日(土)18時には、お二方の対談が公開されました。

  

  ところで、今回刊行された2冊は、個性的なタイトルや強烈なモチーフにばかり話題が集まってしまいそうで、もしそうなってしまったらそれは非常に勿体ないと思っています。私としてはゴトウ作品が持つ絵の魅力にも、もっと注目が集まってほしいと思います。巧みな構成や、表情の描き込み(特に、目。あと、口の歪み)が素晴らしいです。絵の心地よさ、漫画の快楽があります。胸が痛くなるお話なんだけど、どこかイタ気持ちいいのは、絵が素晴らしいからなのだと思いました。

  とりとめのない感想になりましたが、この感想を読んで「自分も『宿題』を受け取ってみようかしら」と思う人が増えたらうれしく思います。 原作の文庫版が9月14日に刊行されるので、未読の方はこの機会に読んでみることをお勧めします。

 また、コミックスの続きはヤンマガで月イチ連載中です。こちらは学校編に突入し、教職の世界の苦労へと話は及んでいきます。「性」とか「すけべ」だけじゃないんだぜ!って部分がどのように漫画になっていくのかが楽しみです。 

   

36度 (KCデラックス モーニング)

36度 (KCデラックス モーニング)

 

 

試し読みも公開されています。