ゴトウユキコ「天国までひとっとび」(webアクション、双葉社)感想
ゴトウユキコの新たな代表作が誕生した。そう言って差し支えないくらいにこの作品は世間に広く受け入れられたと思う。素晴らしい短編だった。作者の読み切りを描く巧さは短編集『36度』ですでに証明済みだったが、ますます研ぎ澄まされた筆力に舌を巻いた。今年(2020年)最終回を迎えた『夫のちんぽが入らない』の連載を経て、もはやどんなものでも描けてしまう境地に達しているように思う。人物の表情だけでなく、背中や指先なども使って感情を表現する描写力が遺憾なく発揮されていた。
今回発表された「天国までひとっとび」は、死んでしまったヒロインが幽霊になって主人公のもとに現れるというお話であった。飛行するヒロインがいて、先生への恋があり、主人公は成績がイマイチで、スマホはまだ登場していなくて、スーファミかプレステと思しきゲーム機が部屋に転がっている。ベタなモチーフや懐かしいモチーフが散りばめられていて、敵らしい敵は出てこない。『36度』所収の「すてきな休日」のような、ファンタジー混じりの心温まるお話だった。ひょっとすると、ゴトウユキコ氏はこの路線の方が上手なんじゃないかと思わされた。性を真正面から描く作風でも評価を得ているが、全年齢対象の作品で、より多くの読者を相手に戦えるだけの力を持った作家なのだということがよく分かった。
ゴトウユキコ最新新作読み切り「天国までひとっとび」、webアクションにて公開されました。
— webアクション (@webcomicaction) 2020年9月25日
太朗と晶、ひと夏の物語――https://t.co/6tXH5nh9eT pic.twitter.com/nQkY8AyClq
Webアクションに読切「天国までひとっとび」が公開されました。さわやかなかんじの話です。好きな人には沢山好きを伝えたいです。読んでもらえたらめちゃめちゃうれしいです。 https://t.co/6YfjYkDa0Q pic.twitter.com/7HkjuqZesf
— ゴトウユキコ (@gotouyukiko) 2020年9月25日
今回の作品では、ベタなことをあえてじっくり丁寧に描いているような印象を受けた。漫画の教科書みたいな感じ。それでいて、誰もが当たり前にできることではない芸当も各所に見つけることができる。夕日に溶ける晶の姿や、角田に声をかけられ姿が薄れていく晶の様子を描いた3コマは特に美しい。棺の中にいる晶の口にさされた紅もよかった。他方で、どたどたと走る太朗たちのうしろにホコリがもくもくする描写や、角田にファイルで頭を叩かれたときの太朗の顔の潰れ具合などはとても漫画的な記号で表現されている。そのバランス感覚が実に巧みだと思う。
ネット上での評判を探ってみると、同業者にも非常によく読まれているようだった。感服するか、巧さに打ちのめされて落ち込むか、嫉妬するかの3種類に大別できる反応が見られて面白かった。
作中には音楽の引用も発見することができた。学校の廊下の壁に書かれている文字を調べてみると、以下のバンドの曲がヒットした。やはりちょっと懐かしい時代に影響を受けている。また、太朗が遊んでいるゲームのキャラクターは、すあだ氏が作成したアニメ「ジャスティスボーイ」がモデルなのではないかと思われる。こういった細かい遊び心もとても面白かった。
ところで、来年は丑年なわけだけれども、『ウシハル』の映像化とかしないもんですかね。絶対良いと思うんだよなあ。
PINK「DON'T STOP PASSENGERS」(14ページ、廊下の壁)
PINK - DON'T STOP PASSENGERS (1986)
ジャスティスボーイ真2 第8話「ジャスティスボーイとこどもたち」
オタク歴の深い部分の扉 part3 中高漫画編
最近継続的に書き続けている、自分の読書歴や映画歴や漫画歴やアニメ歴。中学に上がる直前までのことは一通り振り返ったので、今回は中学高校の時分のことを思い出してみたい。中学生になってからは、音楽と漫画と深夜ラジオに目覚めて、一気に世界が広がった。1999年。西暦の千の位が変わりゆく前夜であり、二十世紀が終わろうとしていた。
ジャンプのマンガに完全に背を向けた小学生時代を経て、引き続きジャンプの作品には手を付けずに過ごし続けようとしていたが、それが崩れた。その唯一の例外となったのが八木教広『エンジェル伝説』(集英社)だった。結局、王道ではないという(笑) 主人公が、悪魔のように怖い顔をしているせいで勘違いをされてしまい、次々と喧嘩を売られるものの、 天賦の才で不良どもをなぎ倒してしまい、ますます難儀な状況に陥っていくというギャグ漫画。ギャグだけではなくて、とても心温まる展開もある不思議な作品で引き込まれた。この作品は、姉が友人から借りてきたのをきっかけにめちゃくちゃハマったのだった。書店の中でも自分が行かない本棚を知る人を大事にしないといけないと学んだ中学生時代。大切なことを早期に学ぶことができた。
ジャンプコミックスを初めて読んだものの、やはり自らそれ以外の作品に手を出すことはしなかった。漫画への目覚めはちょっと迂遠な道をたどっている。まず、音楽への目覚めがあり、それからラジオへの目覚めがあった。中学校に上がってすぐに親にアコースティックギターを買ってもらったことが、自ら音楽を聴くようになった大きなきっかけだった。ギターで何を弾こうかとなった頃、ちょうど、ゆずがブレイクを果たした時期だった。「サヨナラバス」のCDを買ってよく聴いた思い出。
そして同じ時期に、この人達(ゆず)がラジオをやっているということを知り、これまた生まれて初めてラジオを聴いた。水曜日のオールナイトニッポン第一部だった。当時その枠は「allnightnippon SUPER!」という名前だった。ゆずのラジオは僕にとってそんなに面白くなくて、短いゆずブームは一瞬で去ったのだけれど、たまたま深夜1時からはaikoさんのラジオがあるという話を二人がしていて、そのまま起きて、aikoさんのラジオも聴いてみようと思い立った。
深夜1時からの枠は「@llnightnippon.com(オールナイトニッポン・コム)」という名称だった。aikoさんが「花火」「カブトムシ」でヒットを飛ばしていたことは知っていたのだが、私の中では彼女は真面目な恋の歌を唄うシンガーソングライターという印象であった。だから、ラジオを聴いたときにそのキャラクターにあまりにもギャップがあったのでびっくりした。その衝撃にすっかりやられて大ファンになったのだった。
それからは、aikoさんになんとかして自分のはがきを読んでもらいたいという一心ではがきを送るようになった。私でも出しやすいコーナーに「あげパンキッズ語録」というコーナーがあったのだが、これは小学校や中学校時代に聴いたことがあるようなセリフを送る、いわゆる「あるあるネタ」のコーナーだった。中学に上がったばかりの私にとってはまさに現役バリバリだったし、生来のネクラ気質によって教室で静かに収集してきた言葉たちは無限のストックを誇っていた。このコーナーに狙いを定めてはがきの投稿を開始した。
はがきの書き方がよく分かっていなかったのではじめの一ヶ月くらいは試行錯誤を重ねたが、5週目くらいで初めて自分のはがきを読んでもらうことができた。そのときの感動たるや。当時はtwitterなんて無いし、自分のメッセージを芸能人に伝える術は本当に限られていたから、ラジオという機会はとても貴重だった。しかも、自分の言葉を伝えられた揺るぎない証が公共の電波を使って残るのである。日本中のリスナーが、私とaikoさんの交信の証人となる。自分の価値観を一から作り直されたような気持ちだった。それからはますます、はがき職人に精を出し、読み手のことを考えた文章を意識し、誰かが不快にならないように心がけ、「書く力」を鍛えてくれる通信教育を受けるような日々を送った。aikoさんに対してガチ恋のオタクにはならなかったけど、いま思うと、平たい顔の女の子を好きになる素地を作ってくれたのはaikoさんだったかもしれない。あらゆる基準がこのときに形成されたように思う。
aikoさんの曲はどれも好きだけど、「悪口」という曲はいまでも好きだ。自分の心が洗われるような思いになる。
さて、このaikoさんがものすごい漫画通なのである。ライブツアーのパンフレットでも好きな漫画を紹介するし、好きな漫画家さんに表紙を描いてもらったり、パンフレットのためだけに漫画を描き下ろしてもらったりするくらいの漫画好き。雑誌でaikoさんが特集されたときも、漫画紹介のコーナーが設けられるほど。私が漫画を掘るようになったのはaikoさんの影響に他ならない。丸尾末広のことを知ったのはaikoさんのツアーパンフの表紙を描かれていたからだった。
↓この『SWITCH』は今でも我が家に大切に保管されている。
aikoさんの影響を受けるような形で、様々な漫画に手を出し始めたのだが、やはりマイナーな作品にばかり惹かれて読んだ。家の近くにかなり大きい書店が二か所あったので、そこが私の心のよりどころだった。青林工藝舎や太田出版のコミックスを好んで読んでいた。また、鶴田謙二の作品もすべて買い漁って熱心に読んでいた。
私は小学校を卒業してすぐに、故郷の大田区を離れて埼玉に移り住んだので、とにかく孤独だった。小学校までは比較的活発な子供だったのだが、仲の良い友達を引っ越しによってすべて失ったので、とにかく暗い中高生になってしまった。その心の隙間を埋めてくれたのが、はがき職人をすることであり、漫画をひそかに読みふけることだった。大宮と北与野をオアシスとして、内にとぐろを巻き始めた青春時代の始まりである。
以下の作品は、私の今を形作った漫画と言っても過言ではない。
高校生の時には井上雄彦『バガボンド』も夢中で読んだ。『スラムダンク』をすっ飛ばして『バガボンド』へ。あとは松本零士の作品を掘ったり、富野由悠季監督のアニメ作品『オーバーマン キングゲイナー』のコミカライズにもハマった。中村嘉宏の凄まじい画力に驚愕した。キャラデザした本人の漫画が読めるという貴重なコミカライズであった。この頃から、漫画の好みがとにかく画力重視になっていた。
鶴田謙二の『forget me not』 を読んだときの衝撃も忘れられない。
そんなこんなで、中高生の頃の小遣いやお年玉は、その多くが漫画と音楽に消えていったのだった。次は音楽や映画の記憶をまとめたい。