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おやホロのEP『15』『17』のタイトルは、2015年と2017年の下2桁から取られてるのではないかという話

  あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

 年末年始も、おやホロのことばかりを考えながら過ごしていました。あとは酒を飲むか、食べるか眠るか。総じて穏やかな日々だったので、今年もこの調子で良い一年にしたいと思います。

 さて、趣味で作っているおやホロ本の原稿がだいたい出来上がったのですが、色々と読み込んだり妄想したりしているうちに、また面白い妄想が形になったので、ブログの方にも残しておこうと思います(原稿の中からそのまま引っ張って来たので、文体が「だ・である調」になっています)。

 以前、『15』に収められている「それから」と「note」についての記事を書きましたが、その続きみたいな感じになっています。 

lucas-kq.hatenablog.com

 

 結論を先取りして言うと。『15』と『17』には、オガワさんが言うような「15才と17才のEP」という意味は込められていないんじゃないかと思っています。もしくは、仮にそういう意味が本当に込められているのだとしても、それは別の意味を隠すためのfakeだったのではないかと。

 おやすみホログラム、メンバーもめちゃくちゃ魅力的だし、音楽ももちろんとっても素敵だけど、豊かな意味を読み込む空白を細部にまで持たせた、素晴らしい表現活動を行っているということを世の中に知らしめたくて書いてみました

 

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 続いて『17』の楽曲について考察していきたい。『17』は新曲のみで構成されており、『・・・』の流れを汲みつつ、初期のおやホロらしさも兼ね備えた作品が収められている。1曲目の「slow dancer」はまさに、これまでのおやすみホログラムの集大成と呼ぶにふさわしい曲で、オガワ氏自身も『17』爆音試聴会で「今のおやホロっぽさと、ちょっと前のおやホロっぽさのちょうど中間みたいな感じ」とコメントしている(※詳しくは、トークの記録を参照)。「slow dancer」の歌詞には「忘れる」「思い出す」の二つの言葉が繰り返し登場する。

 

深い夜でも僕はまだ 遠い日差しの夢

忘れそうにない

 

最近また思い出す

最後のダンスナンバーはきっとこんな風に始まってた

 

それでも僕はきっと忘れていくんだろう 代わり映えのない日々のこと

誰かが消えてった いつもの夜だった 忘れてくはずの夜

「slow dancer」

 

 「忘れそうにない」と言いつつ「忘れていくんだろう」とも言う。ここで歌われているのは忘却をめぐる葛藤である。その意味では、一見すると「思い出になってたまるか」という歌詞を持つ「note」との親和性を感じなくもない。しかし、「きっと忘れていくんだろう」というある種の「悟った」身振りは、より強く「諦観」を感じさせる。そもそも、「思い出す」という行為は、「忘却」を前提としなければ不可能な行為である。「思い出になってたまるか」という、忘却への抵抗の段階のはるか先にある行為だ。したがって、ここで歌われているのも諦観の先の「じゃあそれから?」であると言える。「slow dancer」は「17才のEP」の始まりにふさわしい曲である。

 「Lemon」は、おやホロの初期の楽曲に近い歌詞を持っている。「存在さえもおぼろげ」な「壊れかけの君の影」が「僕」を「すり抜けていく」という展開は、「before」「plan」「strawberry」などでも繰り返し描かれてきた情景である。その意味では、「君」の消失を悲しみ、うろたえてしまう、「15才」的な世界観の中にある曲に見えるのだが、歌詞の最後の「ってさ」がすべてを骨抜きにしている。

 

飛び去って行った鳥の目には 安全そうな街がいつまでも

泡立って見えてた 溶け合って見えてた 奪い合って見えてた、ってさ

「Lemon」

 

 この歌詞が人伝えの話であることが、伝聞の「ってさ」を使うことで示される。そうすることで、歌詞の内容に対する語り手の責任は全て棚上げされるのだ。このことは、「Lemon」の歌詞中に観られる「15才」的な世界観を捨てることをも意味するだろう。1stアルバムや2ndアルバムで執拗に描いてきたモチーフを葬る、皮肉で痛快なレクイエムとして「Lemon」は位置づけられるのである。

 続く「Mother」は、「Lemon」以上にラディカルに歌詞を手放している曲である。英語で歌われている曲であるが、何と言っているのかを聴き取るのは困難である。英語で書いた詞をカタカナに直して歌っているということで、そのために歌詞が聴き取りにくくなっているのだろう(※2017年の爆音試聴会トーク記録を参照)。歌詞カードを頼ろうにも「こちらの歌詞はおやすみホログラムの意向により掲載されません」と書かれており、「補足の文章」として短い詩が載せられているだけ。「Mother」はミュージックビデオも作られているのだが、そちらに表示される日本語歌詞の字幕はデタラメなものとなっている。本書としては何らかの解釈を打ち出したいところだが、「Mother」の前にはひれ伏すしかない。意味の決定不可能性に宙ぶらりんにされながら、とにかくメロディに身を預けるための曲として愛していくしかないというのが結論である。


おやすみホログラム - Mother(Official Video / 日本語字幕)

 

 『17』に収録されている新曲のラストを飾るのは「Hole of my underground」であるが、これはおそらく、Have a Nice Day!「forever young」へのアンサーソングだと思われる。例えば、次に引用する歌詞は、「forever young」の「危険なエスコートであの子を連れ出すのさ」というフレーズに触発されているように読める。

 

繋いでる雑なストーリーは

(ハイになって本を燃やして)

あの子はぎこちないステップで

 

存在も怪しそうな それぞれのアンダーグラウンド

ぎこちない雑なエスコート

  「Hole of my underground」

 

 「あの子」という言葉自体、おやすみホログラムの歌詞に登場するのは初めてのことなので、ハバナイを意識していなければ使われていないのではないかと考えられる。また、アンダーグラウンド」というフレーズからもやはり、「東京アンダーグラウンド」を標榜していたハバナイを連想せざるを得ない。しかし、単なるオマージュでは終わっていない。むしろ、この曲には最新EPの最後を飾るにふさわしい重大な意味が込められてはいないだろうか。「アンダーグラウンド」を修飾している言葉に注目してみよう。かつて同じシーンでライブを重ねながら力を付けていった盟友に対するリスペクトを感じさせる一方で存在も怪しそうな」「それぞれの」アンダーグラウンドと書くことによって、「東京アンダーグラウンド」というシーンを不在化、あるいは相対化しようとする意志も感じられるようになっている。「自分たちはすでに2015年を終わらせていて、今はその先の場所に居るのだ」という前向きな構えも同時に刻印されているのである。

 先にも引用した通り(※このエントリでは引用していません)、オガワ氏は2枚のEPについて「15才と17才のEP」だというコメントを出していた。しかし、「Hole of my underground」に込められたハバナイへの目くばせを踏まえると、このコンセプトは実はfakeである可能性が浮上してくる。というのも、最新EPのタイトルになっている『15』『17』という数字は、「2015年」と「2017年」の下2ケタでもあるからだ。「Mother」の歌詞をめぐる、読み手を翻弄するオガワ氏のトリックを既に経験している私たちは、このfakeのコンセプトの向こう側にあるもう一つの意味に気付くことができる。思い出してほしい。2015年には忘れられない夜があったことを。

 2015年11月18日に恵比寿リキッドルームで行われたハバナイのリリースパーティは、おやすみホログラムの転機であると同時に、呪縛にもなった。今回、アルバムという形式ではなく同時発売という形で2枚のEPを出したのは、試練を突き付けられた2015年*1と、その呪縛から解放されて軽やかに前へと進みだした2017年を、あらためて記念碑的に刻み付ける意味合いがあったのではないだろうか。とうてい「忘れそうにない」2015年と、自分自身がおやすみホログラムであることを引き受けた2017年の両方を刻むためには、1枚のアルバムという形ではなくて、何としても2枚の音源をリリースする必要があったのではないだろうか

 ともあれ、今は2018年。過去は過去である。今後もおやすみホログラムの様々な表現活動に注目し、拡大していく世界を味わいながら、温かく力強く応援していきたい。

 

そう、ここからは未来の話だ

ハハノシキュウ「おはようクロニクル」

 youtu.be

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  おやすみホログラムの活動が、もっと多くの人に届きますように。そして2018年が、このブログを訪れてくださった皆様と、おやすみホログラムにとって、良い一年となりますように。 

 

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15

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*1:3回目のワンマンライブであるfake a showの直前に、オガワ氏は次のような声明文を出しました。一部抜粋します。

2015/11/18の恵比寿リキッドルームがなければおやすみホログラムの2016/11/16の恵比寿リキッドルームの実現はなかったと思う。 

あの日のハバナイの荒々しくも神々しいステージ、ネイチャーの暴動のようで底抜けにハッピーなステージを見ておやすみホログラムはこのままじゃダメだと感じた。

それはあの映画「MOSHPIT」に深く刻まれてしまっている。

diggity-jp.net

 

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